スタッフブログ
2026.02.15
家具付き住宅の意味 分かってないなぁ~
今まで黙っていた事、正直に話します。
大手ハウスメーカーに入っていた時は時間管理が厳しく、お客様と家具を買いに行くのは職場放棄とみなされ休日でした。
因みにこの大手ハウスメーカー時代のトラウマが合って上司は米山支店長 新名設計本部長 渡邉寛治中部工事部部長 渡辺公孝東部工事部部長 と私がこの米山さんの部下でした。
裏では『ヨネチ』と呼び合い 成績が悪いと富士宮の白糸の滝まで連れて行かされ緊急連絡用の10円だけポケットに入れ飛び込みで返って来ました。
なのでオープンハウスの営業達がどんな思いで仕事をしているか身体で分かります。
お~い ヨネチ みんな心配してんぞ~ 会社来なくていいから生きてたらメッセージくれ お前に受けた体罰忘れてないぞ (元部下全員)
利益率1位を出したかったヨネチは、外部給排水100万円のところ、指示を出し400万円にせりあげます。
お客様は説明しろ!と切れます。業者と説明に行かされますが、お互い『ヨネチの利権』と分かっているので ずっと下向いて『すいません』と言ってしょうがなく
了解してくれました。
帰るといつもの事ですが、ヨネチはすかさず鈴木修専務に電話します『私が言ったからですね、はい。私の力で外部給排水ふかしてですね。』などとやっているので
アホらしくてブちぎれました。
彼のデスクにはいつも飛び蹴りしてました。
ぞうきん絞ってお茶入れた奴もいました。
凄い時代です。
その頃の噂が僕がヨネチを殺そうとしたとか言われますが、全くもって根も葉もない嘘です。
殺意を持っていたら時効なので正直に答えます。
地盤調査を自分でやったのは会社を通すといくら載せられるか分からないから。
カーテンもお客様と見に行ってたのは、いくら載せられるか分からないから。
冗談のような話ですけど、今の私どもの『全てはお客様の為に』というビジョンには様々なトラウマがあります。
冗談に聞こえるけど、何処の住宅会社でも『お前は誰から給料貰ってるんだ!』と怒鳴られてますよ。
僕は当時の上司 小濱さんから言われたなぁ。そんな事言う人じゃないのに誰かに言わされたのかなぁ?
僕は『すべてお客様からで、あなたから1円も貰ってない。むしろ奢らされて居るだけだ。』
と喧嘩になった事がありました。
僕の目標値が残る家が建てたい。会社は騙してでも儲けたい。 社員も騙す会社でも幹部になりたい。
こんな会社だから倒産したのでしょうね。
似た会社はまだ沢山あります。
メーカーは辞めた方が良いです。
契約時から1000万円無理にでも追加工事を要求しろ!
難しい工事は全て潰せ! 職人アホだから間違えるだろ!
嘘だろう想われたら。寛治、公孝、新名君に聞いて下さい。
当時 流れの住宅屋ってのがいて、何処の会社でも同じような詐欺やってました。
今でも不動産含め、業界はそんなに変わってません。
弊社を取り巻く環境がクリーンであって、他からは『面白くねぇ』と言われる。
因みにハウスメーカーで24歳くらいから首位でした。
27歳かな? 60坪の大屋根の自宅を上棟している時に、ヨネチが珍しく現場にやって来ました。
『どうしたんですか』
『久保課長 おめでとう 20代最初の支店長だ。行き先は藤沢だがな(笑)』
こうして僕は藤沢の湘南台に旅経ちました。単身赴任でした。
ただ3LDKの広いマンションでした。
静岡で2つのバンドを掛け持ちしてたので、会社のせいでは無いですがしんどかった。
因みにヨネチは会社で脳卒中になり、また復活して僕はもう藤沢の支店長でしたが、次の佐藤と言うリーダーがクーデター起こして
本社に乗り込みました(笑) いつの時代だ。
僕は単身赴任や大手メーカーの考えについていけず、数年で支店長辞めて山梨の性能で勝負する住宅会社に入りました。
入ったらみんな嘘で、静岡にいたいから支店長やらないよつて行ったのに3日目で長野の辞令が出たので、ちょつといて直ぐに辞めました。
面白い会社でした、ALC 檜4.5寸はそこでルートを知りました。
辞める時後任を紹介しろと来たので『伝説の富士ハウスの支店長 米山さんです』
と紹介しましたが、またしばらくしてその会社でヨネチに対するクーデターがあって解任でした。
入れ知恵をしたのは、あの佐藤さん(笑)
佐藤さん納得の初期に入社しましたがデータ盗んで木屋って住宅会社作って、こっちはボロボロで潰れそうでした。
社員の熊谷さんも連れて行かれました。
大体内部分裂を起こすので、そこで熊谷さんだけ戻してあげました。
そこでガンが見つかり治療を重ねたのですがお亡くなりになってしまいました。
5年位頑張ったのかな?
今でも社長室には熊谷さんの写真は飾ってあります。
寂しいね。
ヨネチ紹介する僕も僕ですし、住宅業界の悪しき習慣って凄いですね。
何でも造成させる大手ハウスメーカーの個別営業マン 気を付けて下さい。
後何かと保険売りつけるのも貰っている奴がいたりします。
お客様は一生のお金をつぎ込もうとしているのにね。
話は最初に戻ります。
家具付き住宅を始めたのははハウスメーカーの次の工務店 OMソーラーや自然住宅、パッシブハウスなど多岐にわたり
やってました。
そこにヘッドハンティングかけられ総合展示場事業部の部長を28歳でやらされて、お客様と家具までコーディネートする様になりました。
しかし家具が高額だったこと。
私が好きな家具が高額過ぎて、どう考えても買えない。
月日は経って起業して設計士取得して建設業取得してオリジナル建材開発している際にも、日本のメーカー幾つ声かけても
『規模が小さいから』で潰されて並行輸入屋に行っても『静岡の田舎者がコルビジェ触んじゃねえよ(笑)』
今じゃ笑い話ですが、そこから色々な縁が合ったりバックパッカーみたいな旅行してて友人出来て
その友人が現地で調べて実はOEMだったり日本の家具は、そもそも海外の売れ残りみたいな闇が色々バレて
その当時倉庫も無いわが社では会社は反対でしたが、だったら辞める。
とまで言って家具付き住宅を始めました。
ここから本音を言います。
なぜそこまで家具に拘ったのか?
僕は家具は大好きです。
でも日本の市場は畳に慣れ過ぎてて家具を知りません。
チンパンジーみたいな状況です。
お客様、変な安い家具取り合えず置くか、最悪そのまま床で生活します。
折角設計してて、これじゃない。
設計図に家具書いているんだから!
窓の高さも全部合わせて庭作っているんだから!
だったら世界最先端の家具を如何に安く標準で入れ込んじゃうか?
そんなこんなでイタリア修行の時代へと突入していきました。
家具デザイナー久保が誕生しました。今では世界中で活躍しているそうです。
素材から金物まで高級ブランド以上に拘り研究しましたもの。
昨今ニ〇リの安家具を付け標準家具付きって大手ハウスメーカーが真似してますが、そもそも家具の定義が全然違うんだって
それ『ファニチャー』じゃなく『台』
空間がマリアージュしない。
アンパンマンのおもちゃのブロック並べているのと変わらない。
語る家具を新築ですから、しっかり組み込みましょう。
セキスイハイム東海の皆様も転職お待ちしております。
店長枠で入れる店もあります。
すっかりヨネチの話で膨らみました。
また別の機会でヨネチを登場させます。
チャッピーには書けないブログを書きます。